■20191210/“ゲストは別世界に連れて行ってくれる人”、本当に別世界を観た屋良有子さんのソロライブ!

2022年6月7日ライブレポート

10回も足を打たないうちに、闇の舞台に世界ができあがっていた。

硬質で透き通り、だが熱を持ち、かつ情がこもった足音。ほんのわずかの足を打っただけでそれだけの印象を与え、洗練された上質の空気を生み出す。尋常でない感性と技術を持ったその男は、その空気によって早くも舞台を我がものとしていた。

やがて明かりが入り、足音の主ヘスス・オルテガの姿が照らし出された。世界各地でイベント等に出演し成功させ、かつて日本でも「エル・フラメンコ」で踊り、人気を博した世界レベルのバイラオールだ。

足を打ちながら舞台を移動したヘススは、端に置かれていたギターを手に取りもてあそび始めた。いったい何が始まるのか? 期待に包まれた観客の耳に、もうひとつ足音が飛び込んできた。屋良有子さんが舞台に上がったのだ。

2人は薄明かりの中で絡み合い、ギターを抱き、離れてまた向かい合う。2人が打つ足と動作はぴったりと合い、観客は否応なしに、厚みの増した上質の空気に飲まれていった――。

2019年12月10日、西日暮里アルハムブラで行なわれた屋良有子さんのライブは、そんなオープニングで始まった。基本的にはソロライブだが、“友情出演”という形でヘススが出演することとなった。

今回のライブについてお話を伺った時、屋良さんは「ライブにゲストとして呼ぶのは、別世界に連れて行ってくれる人」と語った。確かに、足音だけで世界を作ってしまう踊り手はそうそういないだろう。

なぜそういう人を迎えるのかといえば、「己を盛り上げるため」。このライブはある意味、彼女の“チャレンジ”と言えそうだ。果たして彼女はどこまで高まり、どんな世界に連れて行ってくれるのだろうか? 期待に満ちた舞台の幕は、すでに上がっていた。

ソレア

オープニングの後は屋良さんのソレアに移行。舞台の端でヘススが見守る中で、背中に花の刺繍を入れた黒の衣装を翻し、踊りを展開していく。高速な動作を織り交ぜつつ、バックの演奏とヘススのパルマを受け、音に真摯に身を任せる。美しく流れるその姿には、何かを身体の中に溜めて圧縮している印象もあった。終盤の盛り上がりを予感させる空気が、早くも彼女の中に生まれていた。

タラント

次に来たのはヘススのタラント。実は開演前、今回ヘススを日本に招いた田村陽子さんにもお話を伺った。陽子さんはヘススについてこう語った。
「すべてを持っていく人」
まさにそのとおりだった。熱を帯びて踊るヘススは、エミリオが繰り出す輝く音の粒を、重なるように入ってきた平松加奈さんのバイオリンの音色を、身体の表面で溶解し、吸収し、自らのエネルギーとして放出しているように見えた。洗練された印象を崩さぬままで。

ヘススが足を打ち、身を翻すたびに、空気は上質さを増していく。皆が集中し、楽しみ、舞台は輝きに満ちた空間へと変化していった。

ラ・ヴィダ

ミゲルとエミリオのムシカを挟んで、5曲目のラ・ヴィダへ。加奈さんとヘススの掛け合いで始まって、屋良さんが現れてからは、最初に登場したギターを2人して操り、抱きしめるシーンもあった。

Facrbookで屋良さんは、このギターを“大切な人”と語っていた。確かに、2人でギターを抱えて、まるで我が子を抱いているように微笑んでいる場面もあった。大切な人を皆で愛し、その時を分かち合う。そんな想いが伝わってくる一幕だった。

やがて2人がこわばった表情で背中合わせに立った。ヘススが屋良さんの衣装のファスナーを下ろす。屋良さんが赤い衣装と笑顔を脱ぎ捨てる。漆黒の踊り手へと姿を変えて、屋良さんはシギリージャへと突入する。

シギリージャ

シギリージャの時は、出演者の配置が変わっていた。最初にエミリオが舞台の中央にいて、舞台の左にいたミゲルとヘススは曲に合わせて移動し、エミリオの周りに位置を占めた。

中央に集まった奏者の傍らで、屋良さんが舞う。奏者の音に身を委ね、時に牽引し、時にその側に寄り添った。

彼らの音と、彼らと共にいる時間を愛おしむように。

屋良さんの踊りの魅力のひとつに終盤の爆発力があるが、この時はそのエネルギーを“愛”と“想い”に変えて、出演者と観客全員に向けていたように思う。ヘススが舞台のすべてをまとめるように、屋良さんもまた彼らから力を受け取り、内から発する力によって舞台と会場全体をひとつのものとしていた。

アレグリアス

そしてエミリオのソロを経て、ラストはヘススのアレグリアス。軽やかで的確で心地よい足、すべてが決まっていて色気に満ちた姿勢と身体の角度。上質で、最高級の世界レベルのフラメンコが、まばゆい輝きを放っていた。

バックの奏者も、パルマを打つ屋良さんも心底楽しそうだ。それは、全員の心がひとつなっている証に他ならない。

その時、見慣れたタブラオの舞台は、本当に別世界になっていた。

愛と想いと輝きに満ちた、素晴らしい世界だった。

心地よい熱気を残したまま、ライブは終演を迎えた。ヘススが世界を作り出すところから始まり、最後は全員がその世界の主役となっていた。それぞれが輝きを放ち、ヘススと屋良有子という踊り手によってひとつにまとまって、舞台全体が大きな光の世界となった最高のライブだった。

最初に書いたように、このライブは屋良さんのチャレンジでもあった。ラ・ヴィダでの笑顔、シギリージャの気高い姿と想い溢れる表情。それらを見れば、この舞台でいかに屋良さんが盛り上がっていたかがよく分かる。

最上の音と空気の中で舞い、想いを伝え、彼女はヘススと共に、見事に観客を別世界に連れて行った。そんな彼女を、ヘススはこう語っている。
「有子はいいものを持っている。本番で出すものが素晴らしい!」
最高潮に高まった本番の彼女は、ヘススさえ感銘させたのだった。

終演後、屋良さんにこの日の感想を聞いてみた。答えは一言だけだった。
「楽しかった!!」
その笑顔は、舞台に立ったヘススに負けないくらいに輝いていた。